岡崎寛徳『近世武家社会の儀礼と交際』校倉書房
友人の岡崎寛徳さんが、博士論文を刊行されまして、早速購入しました。
かたーい感じのタイトルで、歴史書の名門出版社である校倉書房の装丁。中身も堅いと思っていたのですが、これが意外で、文章も読みやすかったのです。
扱われているのは『儀礼と交際』ですが、その細部が面白い。
『儀礼』や『贈与』が形だけのもので廃すべきものだと考えるのは頭の固い合理主義者の考え方で、実際はこれらとともに多くのものが「交換」されています。それは、モースの「贈与論」や、「クラ」を流通させる島嶼のシステムを引き合いに出すまでもなく、主婦やサラリーマンが体験的に(痛みをもって)知っていることでもあります。
従って、同じ「儀礼」や「贈与」をするのでも、いかにそれを効果的にするかが腕の見せ所、というより、江戸時代の公務員たる武家社会では、命にさえ関わります。何度か「虚礼廃止」を幕府が説くのですが、まあ、無理というものですね。
時代劇の「遠山の金さん」や「水戸黄門」やらを見ていると、金さんや黄門に叱られた権力者が「お家取りつぶし」などの処罰を受けたりしているわけですが、実際にはあれほどきれいに勧善懲悪とは行かないことが多いはずです。濡れ衣や、あるいは正しいと確信して行なったことの結果で厳罰を被ることもある。つぶされた人は、その家族は、そしてその部下たる御家人たちはどうなるのかを考えると、切腹して桜が舞って終わりとはとても行かないはず。私はよく、つぶされた「お家」はどうなるのだろう、その後ずっと名誉挽回はないのだろうか、と考えていました。実はあるのだということを、この本で知りました。
たとえば将軍は「鷹狩り」をなさるわけですが、その将軍に極上の鷹を献上するのはあたりまえ。皆が極上の鷹を献上するのですから、それをどうやって献上するか、そこに武家社会の涙と智慧とがきらっと光ります。本書中にも、意外なテクニックが。将軍もそのあたりの裏を感じつつ「見事じゃ」と、贈与を贈与として受け止めるのではないかと想像をふくらませました。
時代劇や歴史小説がとても好きなら、普通のサラリーマンが読んでも面白いと感じられました。
元が博士論文ですから、本書の定価が10000円なのはご愛敬でしょう。
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