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2007.01.31

「聖なる場所を聖なる場所と感じること」とは? ジェイムズ・スワン『聖なる場所』解説より

「聖なる場所を聖なる場所と感じること」とは?
ジェイムズ・スワン『聖なる場所』解説より

葛西 賢太

 本書は米国の環境心理学者であり自然保護運動家であり、音楽家でもあるというジェイムズ・スワンの『聖なる場所――地球とのふれあい』(@Sacred Places--How the Living Earth seeks our Friendship¥, Bear & Company, 1990)の邦訳である。なお本書に先立ち、日本教文社から金子昭・金子珠理訳『自然の教え 自然の癒し――スピリチュアル・エコロジーの智慧』(@Nature as Teacher and Healer--How to Reawaken your Connection with Nature¥, Villard Books, 1992)が刊行されている。

 「はじめに」と「おわりに」では、「聖なる場所」について真剣に考えるようになるきっかけから、「場所」と関わった著者がただの心理学者からどのように変わっていったかまでが、個人的な体験に重点をおいて語られている。この二つだけを取り出して続けて読んでみると、スワンという人のひととなりはよくわかるはずである。

 読者に本書はどのような印象を与えただろうか。たとえば「聖なる場所」についてのスワンの語りかたに抵抗を感じる方がおられたのではないだろうか。スワンは、まるで「場所」が意志を持ち人格を持つかのように語っている。読者も、「場所」が命をもっている相手であるように、場所の話を聞き場所に語りかけるつもりで読んでいただきたい。動物を原告として立て、奄美大島などでの自然破壊を糾弾しようとした訴訟が最近日本でも試みられたが、こういう感覚を理解される方々なら、本書に抵抗なく入っていけるかもしれない。

 この点一つとっても、本書は厳密な論理に基づく研究書というよりも、直観に導かれたメッセージとみなすべきかと思う。駆け足で本書をおさらいしながら、補足説明を加えるという形で、スワンに少しでも近づいてみよう。

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 第一章では、スワン流の「聖なる場所」の定義を行なう。ふだん私たちは聖地や聖なる場所といえば、何か立派な建物があるかのように思ってしまう。しかし、他と異なる「雰囲気」「力」を感じさせるゆえに、外見上何の違いもなくとも聖なる場所とされているものがある。そのような場所だからこそ聖地とされ、立派な建物が建てられるのであり、建物はあとからついてくるものなのである。

 第二章は、さまざまな聖なる場所のタイプが示される。聖なる場所のタイプを示すということは、聖なる場所が持っている働きや力について語ることでもある。この力は人間にとって無条件に都合よく働くものではなく、時により、また関わりかたを誤れば、たいへん危険なものとなることもある。

 第三章は現代人の生き方と伝統的な社会の人々の生き方とを対比するものである。近代的な環境にどっぷりつかりながら、余暇に郊外へ自家用車で大挙して繰り出したり、空調の行き届いた部屋でペットを飼い観葉植物を育てたりして、それで自然と触れ合っていると思いこんでいる現代人のありかたをスワンは批判する。こういう生き方を続けていては、聖なる場所の力や雰囲気を感じ取る能力は失われてしまう。口では自然保護を叫んでも、それでは自然とはどういうことなのか、テレビで見たイメージの延長でしか語れなくなってしまっているのである。

 第四章は聖なる場所をめぐる法的な諸問題についてである。一人の人間が誰にも話さずにこっそりと何かを信じている場合と異なり、複数の人間が信じ、集会や儀礼、布教などを行なうときには、法を無視するわけにはいかない。そして法と関わる分野で、「宗教とは何か」「真理とは何か」という、俗的とはいいがたい問題がクローズアップされることになる。アメリカ先住民の「聖なる場所」にはしるしもなにもない。「聖なる場所」が国立公園の中や森林開発・リゾート開発の対象とされるにおよんだとき、そこがたしかに神聖な場所であり保護に値するという根拠を、当事者である先住民は法的に有効な形で示すことができなかったのである。

 彼らがその場所にずっと住んでいたのなら、ことは簡単だろう。しかし、彼らを保留地に強制移住させて再教育を施したのは合衆国なのだ〔解説註:この再教育が孕んでいた問題点については、D.W.Adams, @Education for Extinction: American Indians and the Boarding School Experience, 1875-1928¥, Kansas University Press, 1995を参照。また保留地の先住民のおかれている悲惨な環境については、たとえばEduardo Duran and Bonnie Duran, @Native American: Postcolonial Psychology¥, State University of New York Press, 1995を参照。〕。純血の先住民もいまでは少なくなっている。数千年にわたって離散<ディアスポラ>の憂き目に遭ったユダヤ教の場合には、ユダヤ人が行なう宗教はほぼ自動的にユダヤ教となる。しかし、アメリカ先住民の宗教の場合には、場所と人と両方に規定されるのに、両条件がもはや整わなくなっている。先住民どうしの内部分裂もある。聖なる場所を同定する上での困難をあげた後、スワンは、では聖なる場所と他の場所が違うことを、「科学的」な方法で示すことはできないだろうかと問う。

 第五章では、現代に生きる私たちが聖なる場所とどのようにつきあっていくかを問題にする。サモア人の骨まで到達する近代化の力は、伝統社会の人々からも平穏な暮らしを奪う。スワンは、各地の伝統文化から「地霊を心にかける」選択肢を呈示する。子どもたちの世代への環境教育も、やはり「地霊を心にかける」よう配慮しなければならないのだ。

 第六章は、地球を土の塊としてみるのではなく、「ガイア」、一つの生命体としてつきあっていくべきだとする、いわゆるガイア仮説を取り上げる。スワンにとって、地球は単なる人間の容器ではなく、人間以外のさまざまな生き物を受け入れ、全体として一つの生命体をなすものなのだ。

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 二〇年以上前に、ローマ・クラブは食料危機の到来を予言している。祖母は「おまえが大人になるときには食べ物が無くなる。恐ろしいことだ。」と言った。しかしそうはならず、農業技術の発展の恩恵で、私は飽食の時代になお生きている。水や米などの供給が一時的に少なくなることもたびたびあったが、供給が元に戻れば私たちも元どおりになってしまった。

 昨今のエコロジーブームのはじまり(復活?)は、国際情報誌タイムの新年号の名物企画「年男」に、一九八九年一月一日の号では、「地球」が選ばれたことから始まっている。暗い海辺に何かが打ち寄せられている様子が表紙になっている。よくみると、ビニールでくるまれ、麻紐のようなものでぐるぐるまきにされた地球にほかならない。タイム誌が四〇頁にのぼる企画で取り上げた真摯さに驚かされ、それから日本のマスコミや産業界でも、エコロジーの問題が頻繁に語られるようになったのであった。識者の間で問題の深刻さが痛感されているせいもあるのだろう、今回は一時的なブームに留まらず、エコロジーは私たちの常識へと昇格し、現在にいたっている。しかし私たちの生活が根本的に変えられたかというとそうでもない。エコロジーは企業イメージを高めるための道具に使われているという雰囲気が消えないのだ。

 このままでは地球が破滅してしまい「人間が生きられなくなるから」フロン製品を買わないようにしよう、紙をリサイクルしようなどという発想には限度がある。わずかな労を惜しんで自家用車で買い物や通勤をしたり、パソコン通信で熱心にエコロジーを論じる一方でパソコンに一日中電源を入れたままだったりする。人間中心の快を求める発想は真のエコロジーとして根付くものではない。

 現代の環境運動に欠けているものがスワンにはある。スワンは、人間が住めなくなるから、ではなく、すでに大地が悲鳴をあげているから、自然保護を考えなければならないという。人間だけの快ではなく、すべての生物をひっくるめた全体のためになる選択肢は、大地に教えを乞うことによってしか得ることができないとスワンは断言する。ここで注意すべきは、スワンが大地を、守ってやらなければならない存在としてではなく、人間がかなわない智慧をもっており、人間が教えを乞うべき高い存在としてとらえている点である。

 アメリカ先住民にしろ、地球にしろ、その弱さを強調するのみにかたよってはならない。保護されるだけではなく、本来の力を発揮すべく、生かされなければならない。現に先住民は合衆国政府によって保留地に「保護」されたあげく、骨抜きにされてしまっているのだ。むしろ彼らの本来の力を知って、敬意を払わなければならない、そこから本来のエコロジーが始まるのだとスワンは説く。

 さて、ではその場所の力というものは、本当にあるのだろうか。荘厳な大伽藍にあって、跪いて祈ってみたくなる気持ちは誰にでも理解できる。しかしスワンは、何のしるしもない、小さな水たまりとか草むらとかいった場所からも、宗教的な感情が引き出されるというのである。

 こうした問題は、宗教学では議論しにくい。草むらや水たまりにも宗教的な力が込められているかもしれないという前提に立たなければこのような議論ははじめられず、論点先取の問題を抱えこむことになるからである。スワンが行なったような「科学的」な方法で宗教体験の同定を行ない、聖なる場所の同定を行なうやり方には、厳密にいうなら多くの問題がある。得られた測定値と、個人の内面に生じている現象とが必ずしも一対一に対応しないのである〔解説註:この問題については、たとえば藤原聖子「宗教体験論における『像を見る』アナロジー――新しいヴィトゲンシュタイン的視座より」『思想』岩波書店、一九九五年十月、を参照。〕。四章でスワンが取り上げている、空気中のイオンや磁場などは、違いを示す上で参考にはなっても、そこでの体験が「聖なるもの」であるかを同定する上で決定的なものではない。

 ではスワンのやったことは無意味なのだろうか。いやむしろ、こうした一線を超えて、スワンはその「力」に私たちを触れさせようとしているのだとみるべきではないだろうか。これを自然崇拝として切り捨ててしまえばそれでおわりである。だがスワンの説いた内容には、たとえば我が国の神道宗教本来の生き生きとしたありさま(靖国問題などでぼかされてしまいはしたが)を考察する重要なヒントもあるように思われる。

 大地だけでなくもう一方の登場人物、北米先住民の説明をしておくべきだろう。まずはインディアンという語をめぐって。

 “indian”「インディアン」と彼らを呼ぶことに代えて、“Native American”「北米先住民」という言い方が提案されている。前者が、コロンブスがアメリカ大陸をインドと勘違いした五〇〇年前の誤解を引き継いでおり、また彼らに対する軽蔑あるいは優越の感情を込めて使われた経緯ゆえであろう。ただし、アメリカに数世代住んでいる白人は、自分たちも“native”だと主張しており、それゆえこの言い方は多くの白人(とくに保守派)からは不評で、今では“American Indian”あるいは“Amerindian”という言い方がよく使われるらしい(渡辺和浩氏のご教示による)。

 スワン自身はこの二つの語を、特に意識して使い分けてはいない。むしろ、先住民が自らをあえて「インディアン」と呼ぶのと同様に、ある種の親しみと戦略的な観点から、やはりあえて「インディアン」と呼びかけているとも思われる。このため、本訳書でもとくに統一ははからなかった。

 私たち日本人の多くは、「インディアン」といえば、頭に羽根飾りをつけた赤い顔の男性を想像するだろう。だが実際の「インディアン」は、相異なる生活様式を持つ別々の集団を、いささか強引にひとくくりにしてしまった用語なのである。この誤解は遠い日本だけでなく、実は合衆国でも広がっていたもののようである。

 合衆国の宗教学者キャサリーン・オルバニーズは、「赤ら顔で顔に人生経験の豊富さを示す深い皺が刻まれ、羽根飾りをつけた、インディアンの酋長さん」というイメージについて言及しつつ、現実にはそのイメージ通りのインディアンはどこにもいないと述べている〔解説註:Catherine Albanese, @America--Religions and Religion¥, Wardsworth Publishing Co. California, 1992. 特にpp.25-6を参照。〕。また、竹沢泰子は、合衆国の広告のイラストやジョークを分析し、WASP(アングロサクソンでプロテスタントの白人)の「アメリカ人」が、同じ領土に住む別の民族系統の人々に対してどのようなイメージをもっているかを考えている。常に語られるのは、「野蛮」で「原始的」、たとえば「頭に羽根毛をさし、みつあみをし、トウモロコシのパイプを吸いながら、馬に乗っている」人々であると考えられている〔解説註:「アメリカ合衆国におけるステレオタイプとエスニシティ――広告とジョークに見られる民族像のダイナミックス――」『民族学研究』52/4、1988年、377頁を参照。〕。

 しかしこれにあてはまる人々はむしろ少数派である。たとえば、西部劇にでてくるインディアンは馬に乗っているが、実は馬をもたらしたのは白人である。彼らが文明とは無縁ののどかな生活を送っている、という理解も、偏ったものである。たとえば、チェロキー族のような、英語に親しみ、さらに彼らの言語を表記するための文字をも独自に開拓した人々がいるからである。ただし、本書でスワンが言及するのは、チェロキーのような非常に西欧文明に近い部族ではなく、むしろホピのような原始的な伝承、祭礼、そして土地感覚をそなえた人々であるのだが。

 こうした先住民が保留地に押し込められ、経済的にも文化的にも、そして人道的にも問題のある状況に長くおかれ、気力も萎え、アルコールなどに依存する生活に落ちてしまった者も多い。しかし反抗を試みたものが皆無だったわけではない。

 その具体例として、読者にデニス・バンクス『聖なる魂』(朝日文庫)を紹介させていただこう。バンクスは、かつて駐留軍の一員として日本に滞在したこともある先住民出身者である。再教育のための学校に押し込められ、先住民の言葉を使うたびに処罰され、成人して酒浸りになった彼が、先住民としての自らのアイデンティティを自覚して立ち上がり、民族運動の指導者として活躍するようになるまでを綴ったものである。本書でスワンが触れている、カリフォルニアからワシントン特別区までの大行進「ザ・ロンゲスト・ウォーク」を指導した人物の一人がバンクスである〔解説註:この行進に加わっていた日本人僧侶は、日本山妙法寺という仏教教団に所属している。日本山妙法寺は、宗派を越えた平和維持のための祈念と活動を日々行なっていることで知られている。〕。

 こうした動きは「レッド・パワー」と呼ばれる。ディー・ブラウンが先住民の受けた迫害を描いたことで〔解説註:鈴木主税訳『わが魂を聖地に埋めよ――アメリカ・インディアン闘争史』(上下)草思社、一九七二年。〕、またブラック・エルクが自らの宗教体験と数奇な人生を語ったことで〔解説註:ナイハルト(弥永健一訳)『ブラック・エルクは語る』現代教養文庫、一九七七年。〕、レッド・パワーは呼び覚まされた。

 このような政治運動において、先住民が受けた迫害を強調することは、しばしば先住民が弱い存在で、その文化も消えゆくものであるという印象を与える。それがかえって、常に保護されなければならない、文明化から(とり)残された先住民という、これも誤った見方を広めることにつながっているかもしれない〔解説註:人類学者C・レヴィ=ストロースも同じような陥穽にはまっていたという話は、彼の『未開の思考』などの著作を知る人には意外だろう。『親族の基本構造』執筆のためニューヨークの図書館で調べものをしていた彼は、羽根飾りをつけたインディアンが万年筆で書き物をしているのに出会いとまどったという。James Clifford, @The Predicament of Culture: Twentieth-Century Ethnography, Literature, and Art¥, Harvard University Press, 1988を参照。〕。

 いつまでも、弱くて保護されなければならない先住民というイメージをにしがみついているべきではない。(役に立たないけれども)弱者だから保護しなければならない、ではなく、単なるノスタルジーの対象以上の価値を持っているから、何とか保護したいという議論となるべきではないだろうか。その意味で本書は、生き生きとした先住民、そして生き生きとした大地の力を語ろうとしている点で、大いに評価されてよい書物である。

 このような「生き生きとした北米先住民<インディアン>」を語っていて、日本語で読めるやさしいものを、いくつか挙げておく。これらは文章も読みやすいので、いろいろな方に読んでいただきたいと思う。さらに興味がわけば芋蔓式に拾っていくことができるだろう。阿部珠理『アメリカ先住民の精神世界』NHKブックス、一九九四年。
ヘェメヨースツ・ストーム(阿部珠理訳)『セブン・アローズ』(全三巻)地湧社、一九九二年。
原ひろ子『ヘヤー・インディアンとその世界』平凡社、一九八九年。
C・ハミルトン(横須賀孝弘監修、和巻耿介訳)『北米インディアン生活誌』社会評論社、一九九三年。
フィリップ・ジャカン(富田虎男監修)『アメリカ・インディアン――奪われた大地』創元社、一九九二年。


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 神道学者(と私は認識している)鎌田東二先生から「今の宗教学に新しいアプローチを呈示してくれる本だと思いますが、訳してみませんか」と薦められたのが本書との出会いである。私はアメリカ宗教研究者の端くれであるが先住民の宗教については知識がなく、地名等を確認する作業が難航した。東大文学部の島薗進先生と畏友渡辺和浩氏には最終段階の訳稿全体に目を通していただき、訳文の検討や事実確認などを実に細々としてくださった。春秋社の鷲尾徹太氏には、訳稿を何度もお読みいただき、励ましや訳文の工夫、数多のアドバイスをいただいた。当然のことながら本書の内容についての最終的な責任は私が負っているのだが、一人では越えられない峠を一緒に越えてくださる方々がいる私は、幸せである。

 スワンが本書でさまざまな人生の転機について語っているように、本書にかかわってから私にもさまざまな転機があり、三〇年近く滞在していた神奈川・東京を離れ、大学院を修了して新潟で奉職することになった。本書から私は、自分が暮らす場所、仕事をする場所と向かい合い、場所を感じることを学んだ。スワンが教えるようなことはとくにしなかったのだが、旅行で来たことさえなかった新潟という新天地に、思いのほかスムーズにとけこむことができたのは、本書の効能といってもいいのではないだろうか。読者の方々もまた場所を愛することを本書から学ばれれば幸いである。

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